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2005/03/24
カテゴリ: Otoの旧暦と暮らす : 

執筆者: Oto (12:21 pm)
 7日、久しぶりにThink The Earthの上田さんと話す。去年の1月27日のじゃがたら祭りでお世話になって以来。じゃがたら祭りではライヴの始まりの客入れの時、会場のスクリーンにThink The Earthが制作した『百年の愚行』という本の中の写真を映し出していた。人類が破壊した地球の現状。その後にサンディに登場してもらってお祓いの歌と踊りをしてもらった。
 Think The Earthのコンセプトは地球にいい事をする広告代理だ。今よりもサステイナブルによくなっていくための広告代理。本当はこんなコンセプトの会社はもっとあっていいはずなんだ。だけど悲しいかな今はThink The Earthくらい。こういうところでも日本の大人たちはどうにかしてると思える面が見えてくる。
 Think The Earthのプロジェクトは毎回面白い。『百年の愚行」に続いて東京大学の山本良一さんの「1秒の世界」「世界を変えるお金の使い方」という本も素晴らしかった。そしてこれに続く最新のプロジェクトがなんと旧暦ものなのだ。「えこよみ」。そんな旧暦って実はキてるわけ?「えこ」+「こよみ」で「えこよみ」。二十四節気と七十二候を絵で綴っている。七十二候の様子を英語でも表記しているところは新鮮だ。七十二候は一人一人が自分のためのマイ七十二候が作れれば最高だ。季節と自分自身の関連性。
 4月10日の『農と旧暦と夜の宴』にはぜひ「えこよみ」の制作スタッフにお話を伺いたいと上田さんにお願いする。またお願いごとをしてしまった。

 いつもこのブログ書くときの参考にさせてもらっている「こよみのページ」の鈴木さんからメールが届いたのうれしい。本来ならちゃんとトラックバックを付けてリスペクトするべきところなんだけど、まだやってないのでその事もお詫びするメールを出していた。『農と旧暦の夜の宴』にもお誘いしたんだけど、あいにくその頃は東京にはいないとの事だった。実に上品で丁重な文面で頭が下がる思いだ。恐縮してしまった。
 
 13日、日曜日午前、『農と旧暦の夜の宴』のフライヤーのための出演者プロフィールをまとめていたところに旧暦くらし研究会の岩崎眞美子さんからメールが来た。旧暦の手帳を探している時に旧暦くらし研究会にぶつかり僕が質問のメールを出していたら岩崎さんから返信があった。じゃがたら、ビブラストーンの大ファンだったらしく、ビブラの事務所でもあったSFC音楽出版に在籍していたこともあったという。ミクシィでも僕が作った旧暦コミュにすでに参加してくれているという事だった。旧暦コミュがないかと思って探していたら、僕が管理していたのでびっくりしたということだった。こうして昔やっていたバンドや音楽が縁になって、今夢中になっている事で一緒に出会えるなんて、本当にありがたいことだと思う。じゃがたら、ビブラストーンに感謝する。すでにミクシィの旧暦のコミュにも参加してくれていてさらにうれしくなった。
 雛祭りに関して「田植え前、女性の禊ぎの日であったということなので、アロマ系でくくってみてもおもしろいのではないかと思います。」という貴重なアイディアもいただく。だいたい僕なんかは魚津で暮らしているときは「雛流し」さえ知らなかった。旧暦のことであれこれ調べている中で初めて、雛祭りは実は雛流しこそが大事だとようやく知ったのだ。雛人形に様々な思いをのせてそれを流すことで禊(みそぎ)にしていた。だけど「田植え前の女性の禊ぎの日」だとは気づかなかった。これで共同社会の儀式になる理由が判明した。岩崎さんは雛流しを経験していたらしい。「去年、鳥取の用瀬町の流し雛祭りの取材に参りましたが、陽春の中、色とりどりの着物のこどもたちが川辺でひなを流す姿はほんとうに美しかったです。」とあった。見てみたいなあ。今でも日本のあちこちでやっているのかなあ。雛流しに比べればあのひな壇を飾っている風習は全くもって解せない。一体あれは何を祭っているのだ?人形を愛でるだけ?禊の意味からどう転じていったのだろうか?だけど現在は一体なんの意味があって飾ったりするのだろうか?意味がわからない。
 岩崎さんのブログがあるというので見ていたら、なんと旧暦の本を出版しているではないか!「おりおりに和暦のあるくらし」という本。最近は川口澄子さんというイラストが本業の方も「旧暦ライフ/温故知新」という本を出している。若い人たちが描いた旧暦の本が3冊も出ている。こうなるとやはりちょっとしたブームといっていいと思う。みんな季節のずれを気持ち悪く感じているんだろうなあ。スロー・ライフに関する月刊誌も去年みるみるうちに増えてしまった。スローから旧暦には直結している。うわあ岩崎さんの本、見てみようっと。しかしメールからすごいつながりになったものだなあ。

 午後、飯田橋駅で『農と旧暦の夜の宴』のフライヤー・デザインを頼んでいる亜美ちゃんと待ち合わせて、駅前のボランティア・センターで印刷する。亜美ちゃんは自分で作った有限会社Slow Water Cafeナマケモノ倶楽部関係のイラストを描いている。9LOVEのTシャツのデザインもそうだし、地域通貨ナマケのデザインもそうだ。亜美ちゃんの描いたデザインがまた雛流しになっているので驚いた。川が描かれている。川が日本列島のようになっている。日本列島の禊になっている。こういう意識とコンセプトが素晴らしくてうれしくなる。川にはいろんな文様をちぎり取った紙が貼られていたが、中に版画で描かれた人が並んでいる図柄のものがあったのでこれ何?と聞くと、「隅田川での花見をしている人たち、お菓子の包装紙であったの、隅田川で雛流しをやっていたんですよ、よく父に連れて来てもらっていたの。」と言う。なんて素敵なお父さんなんだろう。川の中には9LOVEの文字も入っている。亜美ちゃんたちが新たに始めている「ハチドリ・プロジェクト」のロゴも入っている。かわいい感じに見えるが実に入魂の作だ。
 印刷が終わって食事をする。沖縄手帳って知ってる?と切り出すと、「沖縄手帳は八重山手帳のものまねなんですよ。八重山手帳がオリジナル。」と言われて思わず大笑いしてしまった。なんでそんな事知ってるんだろう!「Otoさんも八重山手帳使いますか。」と言われ、ほらっと実物を見せられる。カフェスローのユリカさんもこれ使ってますよ、と自慢される。あんなに四苦八苦して旧暦の手帳を探していたのにこんなに近くにさっさと旧暦の手帳を使ってる人がいただなんて。うれしいやらちょっと遅れてる自分がくやしいやら、亜美ちゃんに弄ばれている今が面白いやら。わしたショップにありますよ。早くしないと人気商品だから毎年すぐになくなるんですよと言われる。会話で負けているわけにもいかないので「釣り手帳って知ってる?」と言ってみた。「何それ。」「漁師が使う旧暦の手帳だよ。ほら漁師は旧暦やってないと魚の動きがわからなくなるから。」「ふうん。」実際に僕がその手帳を持ってるわけじゃないから説得力が弱い。そっかあ八重山手帳かあ。沖縄じゃあまだ旧暦のイベントは大切にされているんだろうなあ。ニライカナイのこともあるし。アイヌの文化では暦はどんな存在なんだろうか、ちょっと調べてみよう。文化に犯されてないぞという意思が働いている社会が面白くたちあがってくる。




2005/03/24
カテゴリ: Otoの旧暦と暮らす : 

執筆者: Oto (1:52 am)
 二十四節気の三つ目になった。啓蟄(けいちつ)。元祖の中国はじめ漢字文化圏の諸国では「驚蟄(きょうちつ)」と言う。日本だけが「啓蟄」 “啓”は『ひらく』、“蟄”は『土中で冬ごもりしている虫』の意で、 地中で冬ごもりしていた虫が春の到来を感じ、草木が芽吹く と同時に、目覚めて動き始めることを指す。
北国では 福寿草が咲き、東京では紋白蝶が見られるというが、僕は紋白蝶はまだ見ていない。4月にならないといないんじゃないかなあと思う。昔はこの時期にもう蝶になっていたのかなあ?
 啓蟄は元祖の中国では「驚蟄(きょうちつ)」と言う。漢字文化圏の諸国では、どこも暦法に二十四節気を用いているが、その名称は同一であった。ひとり日本だけが「啓蟄」を固守しているわけである。

 別に啓蟄だからというわけでもないが、今はいろんな動き出しのための準備が重なっている時だ。多くの事が同時に進行している。今年やるべき事をちゃんと達成したいと思う。まずはいろんな活動の元となるべくサヨコオトナラの録音だ。昨日までまた千葉の中野家に3日ほど宿泊していた。ここまでは順調。
 帰ってくると、連絡ものがそれなりに溜っている。千葉ではテレビも見ないのでニュースもチェックしたくなる。お天気がいいので洗濯もしつつ、友人から送られてきたりもらったりしていたCDを聴きながら、メールに返信したり電話したりする。
 じゃがたらでパーカッションをやっていたヤヒロトモヒロの初ソロ・アルバムがなかなかラヴリーだ。録音メンバーを見る。いろんな打楽器奏者と遊んでいる。何曲かトモヒロがドラムを叩いている曲があったがどれもすぐに判別できた。通常のドラマーがやらないアプローチをしているからすぐにわかる。僕はそのアプローチが大好きだったので思わず笑った。5曲目の「BANANEIRA」というジルベルト・ジルの曲のアレンジが僕がアレンジしたじゃがたらの「Superstar?」に対するアンサーみたいになっていたので、涙が出るほどうれしく、いろんな思い出が蘇って来て胸が熱くなった。しかも僕流のアレンジ・スタイルが見事にブラジルのオーセンティック&オルタナティヴのように思え、その見定めた完成度に感心した。
 トモヒロのパーカッションが優秀なのは歌を支えつつも、いつも他の楽器と音の会話を楽しむところにある。実にさりげない笑顔の中でいつもディープなリズムを楽しんでいる。リズムに対するヴィジョンがいつも豊かでおおらかだ。「円を描いていればいいんだよ。」が昔っからの口癖だ。トモヒロのグルーヴの極意だ。このグルーヴの中に入れば、身体のすべては調整される。別に何のマッサージもいらない。波動もリンパもへったくれもない。踊ればすべてリセットできる。素晴らしいグルーヴにまさる癒しはない。

 翌日の6日、フェアトレード・ショップ、「ふろむ・あーす」の開店5周年記念のイベントに出演する。アコースティック・ライブや、DJ、映像、トーク、ミニ・ワークショップに、コスメや様々なミニブースありの盛りだくさんのイベントだ。音楽では最近よく話題になっている「じぶこん」や、ディジュのGoRoさん、そして山根麻以さんなども出る。DJでテトラがいたり、トークでThink The Earthがいたり、今は愛知万博に向けて住み込みで準備しているヒワちゃんもわざわざ東京に戻って来て手伝っている。久々に会えてうれしかった。麻以さんはCDが出たばかり。また名曲があった。じぶこんはついにこの日に友達になれた。
 お店のオーナーの藤田さんとはもう古い仲。彼が80年代の後半から始まった「ハイライフ」というワールド・ミュージック系のアーティストをたくさん招聘していた制作会社で仕事しているころからの付き合い。ドラムン・ベースのイベントを日本で始めたのも彼は早かった。「ふろむ・あーす」はアースデイ、アースガーデン、Be-Inなど平和環境系のお祭りではなくてはならないお店になっている。
 この日は藤田さんのリクエストでDJを少々と久々にママドゥ(・ドゥンビア)と一緒に演奏する機会をもらった。DJも随分久しぶりにやった。 カメルーンのバカ族のピグミーの水遊び音楽とジョン・リー・フッカーのブギーをミックスし、最近気に入っているコンゴのコノノNo.1につないだ。要はアフリカン・オーガニック・テクノということ。ジョン・リーのブルースは生テクノ感に満ちている。瑞々しい。最近はムビラトロンというムビラと僕のガット・ギターのセットもやっているのでムビラものはまたいろいろ聴いていて、新たな発見もしている。
 ママドゥとは2002年のアースデイ東京での演奏以来だ。そのときはヴォーカルのニャマ・カンテも一緒だったけど、今日はママドゥと二人だけ。僕が自分で作ったトラックを持って行って打ち合わせもせずにその場でいきなり始める。これがスリルがあって楽しかった。お互い考えていることがわかりあえるのがうれしい。ママドゥも楽しかったようで良かった。マリのNPOシンシベレの話しをしている時にヒソヒソ声で「もっと大きな場所でやろうよ。」と言ってくれたことがうれしかった。去年から誘ってくれている。今年はいよいよまた再始動できるかもしれないと思うとワクワクする。 
 新しい企画がたくさん、それに連れて新しく出合う人がたくさん。エネルギーに満ちている。


2005/03/16
カテゴリ: Otoの旧暦と暮らす : 

執筆者: Oto (12:55 am)
 旧暦の正月20日、「骨正月」と言われている日。こんな言い方なんて初めて知った。正月用の魚の頭も骨もこの日に全部食べつくすというので骨正月と呼ばれているらしい。これで正月の気分を終えていたらしい。昔の人はこんなにもたっぷりと正月気分を楽しんだのだろうか。楽しんだかどうかはわからないが、とにかく慎ましやかに魚を食べてきて、この二十日目まではあったのだろう。美しいと思う。新潟から北の日本海側は鮭の文化圏だから塩鮭あたりだろうか。富山だったらやはり鰤(ぶり)かなあ。
 塩鰤は骨に熱湯をかけて生臭さを抜き、旬の大根と炊き合わせ、鮭は、出刃包丁で頭を真っ二つに割ってから薄く切って、大豆と一緒に煮て粕汁(かすじる)にして食べたりするそうだ。ぶり大根はもしかしたらここから始まった料理なんだろうか。まあ身のない鰤骨大根だけど。
 この日は他にも団子を作って食する「二十日団子」というものがあったり、「二十日正月」といって正月の祝い納めとして、仕事を休み、遊び楽しむ習わしもあったりするそうな。「初鏡(はつかがみ)の祝い」「初顔の祝い」などといって、婦人の鏡台に供えた鏡餅をおろして雑煮や汁粉にして食べたりもしたらしい。

 とにかく日差しがまぶしいくらい強い。まだまだ続くじゃがたらのDVD作品の打ち合わせで参宮橋にある映像編集会社N社に行く。ここしばらくサヨコオトナラのCDの販売のことであれこれ話しを聞いているうちに、レコード業界の流通がどん詰まり状況にある事を知り少々あきれ果ててしまっていた。じゃあDVDはどうなんだと思ってN社のM君に聞くとさらに悪い数字を言うので唖然としてしまった。それでも儲けはあるの?とつい聞いてしまった。生産者は10%以下の儲けであるのに対して取り次ぎ業者の取り分が40〜50%になっている。メジャーもインディーズも関係なく、こんなことじゃあバランスは維持できないはずだ。自分たちの利益だけは確保しようとする。生産者の儲けが無くなっても自分たちはこれまで以上に儲けようとする。餓鬼だ。お米の生産者の儲けのなさはこれよりもさらにひどい状況なんだろうと思う。そこまでいっていないにせよ、あと少しでそうなって行くのだろう。音楽業界ももう破綻寸前だと思う。骨になってもまだしゃぶりたおそうとする。

 iPod時代にすでになってしまっている。ということはもうしばらくしたら小売り業者なんていらなくなるという事だ。こんな事は音声がデジタル・ファイルになった時点でその行く末は想像できるものだし状況は見えてくる。音楽はすでにP2Pになっている。生産者と消費者だけ。間には人なんかもういらないのだ。40〜50%も売り上げを取っていくような取次業者はいらないのだ。サイバー・ワールドの「地産地消」と言える。さあて、こうなると果たして著作権法はあと何年実効力を持てるのだろうかと思う。P2Pの売買には著作権協会なんて必要ないからだ。「手売り」か「ダウンロード」かの時代だ。ダウンロードする曲にまでなんで自分たちにもお金をくれというのだ。ここにも骨までしゃぶりたおそうとする輩がわんさかいる。儲けが伸びて行くのは物流(商品の運送と配信)のみである。

 ホリエモンは「テレビの時代は終わる。」と言った。10年もたないと言った。フジのH枝さんは「テレビが終わっちゃあ困るんです。」と余裕ありげに応えたが、ホリエモンが言っているようになっていくと思う。そりゃあH枝さんもまさかテレビ局の取締役自らがテレビの時代は終わるとは言えるわけがない。
 テレビ番組が「FOMA」などモバイルなツールで見れるようになるという事は番組映像のアーカイヴ、コンテンツ化を意味している。という事はコンテンツを作る番組制作会社がブロード・バンド会社と直接に関係していけばいいことになり、すでにテレビ局のこれまでのような存在意味はいらなくなることを意味している。レコード会社などはブロード・バンド企業にコンテンツを供給する制作会社になっていくとすでに自覚しているが、H枝さんはテレビはそうならないと言い張るのか。テレビ局はたとえ存在したとしてもその意味はこれまでとは大きく変わると思う。
 それにしても、この件でなんでこうも政治家がうようよ出て来るんだ?あげくの果てに「テレビの公共性が失われる。」だって。お前が出て来ているってことは公共性がないということじゃないか。アホさ加減に大笑いした。渡る世間は餓鬼ばかりだ。骨正月の美しさとはほど遠い。

 N社の打ち合わせを終えてから、湯島にある湯島レコードに向かう。湯島レコードは完全なるオープンライセンスの音源だけをリリースするという思想に基づいた日本初のレーベルだ。僕は湯島レコードを応援している。オープンライセンスとは著作権の使用料分配をいらないと登録することだ。つまりその音源は誰でも自由にただで使っていいということ。曲を作った作者はCDの売り上げの分配金を貰えるだけ。あとはなし。どこでその曲が使われようが作者にはお金は入らない。著作権協会はその曲の使用料を集めちゃあいけないことになる。儲けはいらないし、ただだからもっとあちこちで使って欲しいという目的の曲があってもいいのだ。音楽業界の流通が破綻して行く頃、一方では音楽はすでにコミュニティ化していっている。メジャーの業界もインディーズも関係ない。著作権協会の世話になっていい曲もあれば、世話になどなる必要のない曲もすでにたくさんあるのだ。だからもう独自のコモンズ化が始まっている。しかも明らかにヒット曲などとは無縁の情報共有、売買が活性化してくると面白い。P2CのCはもうカンパニーじゃない。コモンズやコミュニティのCだ。
 
 著作権協会もテレビ局ももうたっぷり骨までしゃぶっただろうにと思う。「足る」なんか知らないんだなあ。
 
2005/02/27
カテゴリ: Otoの旧暦と暮らす : 

執筆者: Oto (12:35 pm)
 旧暦では1月15日。当たり前だが満月。昔はこの日こそが正月の1日だった。1年の最初の満月の日が正月1日だった。誰だって新月よりはやっぱり満月の方がめでたい気がするだろう。明かりのない新月よりはくっきり丸がわかる満月の方が判別もしやすい。日が暮れてから朝まで満月はずっと空にある。まさに1年の変わり目の時には天の一番高いところにいる。
 やがて天体観測がすすむにつれて、新月の時が1月1日になっていったらしい。この経緯についてはまだ調べていない。新月の前の日に月がこもるので「つごもり」、1年の最後の月がこもる日を「大つごもり」と呼んだ。つまり大晦日のこと。以来、15日目の夜が満月になった。十五夜。

 1月1日を「大正月」というのに対して、1月15日を「小正月」という。この日はまた「女正月」とも呼ばれている。大正月、女性は休む間もないほど多忙なので、その代わりに、この日女性だけが集まって飲食や娯楽に興じる風習があったからだそうだ。女性はいつの世も忙しくて大変だ。

 またこの日の夜は、年神が神の世界へと帰って行く時とされていて、各地で「鬼追い行事」が行われていたらしい。有名なものでは秋田県男鹿のナマハゲがある。鬼たちは村々、家々のケガレを一身に背負って退散する役目を担っているのだという。大変な役割だ。
 残念ながらこのナマハゲも今は新暦の大晦日に行われている。戦前まではちゃんと旧暦の小正月のこの日に行われていた。驚く事には戦後小正月そのものが廃止された。そこで大正月の大晦日に移動したわけだ。一体小正月そのものを廃止するとはどういう事だろうか。何を排除したかったのだろうか。旧暦への認識を考える時、ナマハゲの事はあれこれ興味深い。

 この日行われる行事としては他にも「予祝(よしゅく)」「鳥追い」「成り木責め」というものがある。「予祝(よしゅく)」は五穀豊穣を祈願して行われる占い的要素をもつもの。「鳥追い」は子供たちがササラや棒を打ちつつ家々を回る行事で、田畑の害鳥を追い払うという意味があるらしい。「成り木責め」は実のなる木に「ならぬか、ならぬか」などと詰問して豊作を約束させる行事。ナマハゲの行事みたいに今は小正月の行事はあまりおこなわれなくなっているらしい。

 先日買った旧暦の暦を作っている月の会はこの日「暦開きの会」を行っている。参加したい気持ちはやまやまだったけどやらねばならぬ事がありどうも時間はできそうにない。「月と季節の暦」を作った旧暦歴の達人たちが集うんだろうと思うと本当に興味津々ではある。

 正月の七日目に食べるのが七草粥でこの日に食べるのは小豆粥。つい作り忘れてしまった。七草粥は最初七穀粥だったと以前書いた時に初めて知った「ミノ」というものがあったが、金井利彦さんという方の文章で説明されているのを見つけた。

 抜粋
 平安朝もまだ前半のころ、ど承知の延書式の中には、正月の十五日には七種のかゆを供するとあり、それから正月の一番初めの子(ね)の日には十二種のかゆを作ったそうであります。この十二種は私は勉強不足でして、何であるかということは存じません。十五日に食べる七種のかゆと申しますのは、コメ、ムギ─大麦だろうと思います。それからヒエ、アワ、アヅキ、ゴマ。それにミノというのがある。ほかのものは今でもあるんですが、ミノというのは、私はよく知らないんですが、現在でも蓑米(ミノゴメ)とか、ムツオレグサとかいって野草ではあるそうです。ごく小さな実が成るもので、非常に原始的な東アジアの穀物だったようです。そういうものが平安朝の初期以前には正月十五日に正式にかゆとして作られた。その中に豆が、小豆がある、というわけであります。ところがいつの間にか、正月十五日にはそのうちの小豆だけが残ってあづきがゆになり、七草の方は七日に七草を入れたお粥になった─はじめは、七日はお粥ではなかったのが十五日、あるいほ子の日のお粥が七日に入ってきて七草と一緒になって「七草がゆ」に、十五日のお粥は小豆が残って「あづきがゆ」になった─若菜汁とお粥が一緒になってまた分れたということかと思います。

 この日は春一番が吹く日。やはり満月の日で地球との距離が一番近くなる事が影響しているからだろうか、本当に春一番が吹いていた。午後、三鷹の公園でMbira3000の練習をする。ムビラというアフリカのタンザニアで生まれた親指ピアノを弾く龍一君と僕のガット・ギターの二人のセット。タンザニアにあるタンガニーカ湖が人類発祥の地だ。ムビラはそこで生まれた楽器。誰が聴いても必ず郷愁を憶えてしまう音だ。僕らはみんなタンガニーカ湖から旅してきた。僕らの命はそこから延々続いて来ている。DNAはずっと伝達されて来ている。みんなかつてはタンガニーカ湖のほとりで暮らしていたんだ。はるか昔。そのはるか昔から命がつながれてみんなの命が今もある。自分が憶えている現世の記憶もあるが自分がまだ知らないはるか昔の前世の記憶もあるのだ。ムビラの音を聴くといつもそう思う。
 
2005/02/25
カテゴリ: Otoの旧暦と暮らす : 

執筆者: Oto (4:37 am)
 20日、国立の木乃久兵衛でSABALIのライヴ。SABALIは最近始めたアフリカや日本の民謡をカバーするセット。歌の圭子ちゃんと純子ちゃんと僕と3人。富山の帆柱音頭や青森のホーハイ節もやっている。この日はゲストにバラフォンの魚谷さんとジャンベのマコトが参加したし、飛び入りでダンサーや国立のジャンベ・チームも参加した。
 圭子ちゃんは長らく武蔵野界隈でサステイナブルなつながりをつくってきている。秋のはらっぱ祭りもそうだし、三鷹のくにうみ祭り、あきる野芸術祭、などなど。911以降コミュニティものに関心をもってからいろんなところに連れて行ってもらっている。この木乃久兵衛というお店もそういう関連のお店のひとつ。木乃さんは映画監督だ。今は体調が悪くお店には出ておられない。トイレに入るとこのお店と関わりのある人たちのチラシやら葉書やら写真などがたくさん貼られている。
 僕は僕でこのお店とは縁がある。じゃがたらの篠田君が亡くなって一周忌の時はここにみんなが集まった。ここに来たのはそれ以来の事だった。お店に入ってサウンドチェックが終わったらすぐにその話しになった。

 ライヴが終わってしばらくお店で飲んでいるとアキオが魚津からやってくる。この日も純子ちゃんの出身地の青森の民謡のホーハイ節を演奏したが、豊盃(ホーハイ)という青森の生酒があるというのでそれで乾杯しなおす。信子さんを紹介し3人でアースデイ、里山のことなどで雑談。アキオはしばらくしてヤスミチ君のところに絵を取りに行く。深夜家に来てまた朝まで少し飲みながら雑談した後就寝。

 翌日、アキオと二人でBeGood Cafeの事務所へ。元倉庫だったマンションの1階部分を改装して見事にオシャレなカフェ風の事務所になっている。ラヴリーだなあ。もろもろの打ち合わせ。松本にいるはずのリエちゃんがいきなり登場する。いつもながらの明るさとにぎやかさ。ひとりで10人分のムードはある。

 夜の西荻窪での打ち合わせまで時間ができたので、以前から行きたかった青山のブックス・クラブ・カイへ行きたいと言う。僕は場所は南青山くらいという程度しか知らなかったが、アキオが知ってるというので行く事にする。さすがスピリチュアル系に精通している。この店の事はアキオは以前から知っていたらしい。出来てからもう10何年もたっているそうだ。この店の事を僕が知ったのははやり911以降のこと。BeGood Cafeでこの店が作っている「Book Club KAI Newsletter」というフリー・ペイパーを見て以来。その内容が素晴らしいので感心していた。それ以来この店のファンだったがお店にきたのは今日が初めてだった。
 お目当ては旧暦のカレンダー。ここに置いてあるのはカイのHPを見ていてチェックしていた。旧暦のカレンダーは2種類知っていた。一つは松村賢司さんの南太平洋協会がつくっているもの。そしてもう一つは月の会が作っている「月と季節の暦」だ。南太平洋協会のものはなくて月の会のものがあったのでこれを買った。アキオも買った。二人して同じ暦を買う。

 旧暦は当然のことながら毎月1日は新月だし、15日は満月だ。まずこれが暦を見ていて気持ちがいい。新暦の日にちを刻む気持ちに替わって月の満ち欠けに合わせて暮らすのが楽しみになってくる。暦には二十四節気、花暦七十二候、節供,雑節などの他に月のことわざや月の歌なども出ている。なかなかよくできている。
 手帳も探しているのだが、これがなかなかないのだ。13の月の手帳は何種類かあるのになあ。みんな宇宙には興味があっても日本という場所にはそんなに関心がないということか。宇宙との関係を知るにはマヤンのカレンダーの方が面白いだろうが、自分たちが暮らしている「大地」に目を向ければマヤンなどよりも旧暦が断然ふさわしい。
 ちなみに13の月の暦で言えば僕は 2の月20日の生まれとなり、銀河の音と太陽の紋章は「白いスペクトルの世界の橋渡し」ということになる。しかしどうにもチンプンカンプンで実感がともなわない。「世界の橋渡し」の紋章のデザインは何やら2分音符のようにも見えるから音楽をやっている身としてはうれしい気もするし、ワールド・ミュージックが好きだから「世界の橋渡し」などと言われるとつい「当たってる〜」とうわついたお調子もんのように言いたくもなる。「白いスペクトル」だって人種の壁を越える存在のようだし、時代の変わる時に登場する救世主みたいで、さらに盛り上がってきそうでもある。頑張るぞうと素直に思っているのがいいのかなあ。
 しかし、旧暦手帳も欲しいなあ。

 さらに翌日、4月10日にやる『農と旧暦の夜の宴』の告知のことで国立の朝日タウンズに行く。事務所にうかがってテーブルに座るとそこの壁には「月と季節の暦」がかかっていた。話しが早いし、うれしくなった。


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