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アースデイとやま の記録

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2008/12/13
カテゴリ: あきおのPeaceEarth日記 : 

執筆者: あきお (12:10 am)
僕が暮らす魚津は、米騒動発祥の地です。
今からちょうど90年前の出来事です。
農社会学の見地から見ると、
その後の大正デモクラシーにも大きな影響を与えたそうです。
そして、現在の格差と貧困社会の中で、
再び検証し直す試みが、様々に行われています。



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2008/12/13
カテゴリ: あきおのPeaceEarth日記 : 

執筆者: あきお (12:00 am)
小雪も過ぎ、野の草花は種を残してその生を終え、雪深い冬に備えて猿やカモシカたちは喰い溜めしようと、田畑に頻繁に現れるようになりました。

かつての収穫祭(新嘗祭、勤労感謝の日)の連休に、何年かぶりに東京へ行きました。高校卒業以来、20年近くを過ごしてきた東京ですが、あらためて「消費」することなしにここでは暮らせないという当たり前の現実を強く感じ、そのことに大きな違和感を覚えました。住んでいた時には感じなかったことです。
そしてこのメガ消費社会においては、私たち自身のことである、肝心要の「いのちの世界」を感じることが、とても難しいのだとも思いました。



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2007/12/06
カテゴリ: あきおのPeaceEarth日記 : 

執筆者: あきお (12:04 am)


1.私たちがこれから目指すべき森づくりとは?

今日の持続不可能な文明は、今まさに大きな転換点を迎えている。
そんな中で、森づくりがちょっとしたブームになっている。海外での植林ツアーも盛んだし、森づくりボランティアグループも実に多い。森づくり財源として森林税を導入する地方自治体も増えてきた。では、森を取り巻く状況は良くなったかと言えば、さほど変わらないばかりか、ますます悪くなってきている。
これからの森づくりを考えると、単なる林業再生にはとどまらない、もっと大きな視点が必要だと思う。それは、持続可能な文明への再生・再出発のために、そして自らの人間性を回復するために、「私にできる、ひとしずく」という捉え方である。


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2007/11/18
カテゴリ: あきおのPeaceEarth日記 : 

執筆者: あきお (10:14 pm)
先日、魚津で富山県内の中高生を集めた環境シンポジウムが行なわれました。そこでの基調講演とシンポジウムへの出席を依頼され、お話ししてきました。その時の講演で使ったプリントを、こちらに転載します。


1.今のままでは、人類はこれからも地球上に存続することは、不可能である!

化石燃料の使用により進む地球温暖化。温暖化による地球の破局を回避するために残された時間は、あとわずか10年という衝撃的な報告が2006年に地球温暖化調査会議で出された。ガイア仮説の提唱者ジェームズ・ラブロック博士も「温暖化対策はすでに手遅れだ」と指摘し、世界に大きな波紋を投げかけている。
3℃以上の温暖化は、世界の生物種の30%以上を絶滅に追いやり、6℃の温暖化は、地球にとって破局的だといわれている。北極海の氷がなくなるのは、2040年までどころか10年以内、という衝撃的な研究結果もある。

地球温暖化による海面上昇と異常気象、生態系の破壊と多様な種の絶滅、エイズ・鳥インフルエンザ・狂牛病など新種のウイルスの蔓延、化学物質からの環境ホルモンにより雌化する性、水資源の枯渇、エネルギー資源用の穀物栽培のため大量に使われる地下水と農地確保のための森林伐採、農薬耐性を備えた遺伝子組み替え作物栽培よるさらなる汚染拡大・・・。
私達は大変な時代に生きている。そして、この同じ時代に生きる私達が、まさに人類の未来を担っている。

全世界の人口の約45%を占めるブリックス(*1)の経済発展が著しい。このブラジル、ロシア、インド、中国が先進国並みの消費生活を行なうことで、地球の破壊速度がさらに加速するのは明らかである。
エコロジカル・フットプリント(*2)では、世界中の人々が日本人のような暮らしをはじめたら、地球が約2.4コ必要だと試算する。さらに米国人のような暮らしを始めたら、地球が約5.3コ必要!なのである。つまり、日本人は現在の経済(消費)活動のスケールを2分の1以下に戻し、米国人は5分の1以下に戻し、この地球1個の中で暮らせるようにすることが求められている。

人類は、本気で月や火星から資源を穫って来るつもりなのか? そして月や火星が枯渇すれば、さらに外へと開発地(ニューフロンンティア)を求めていくつもりなのか?
全ての現実は、私たちが望んだ便利さや豊かさの結果である。今日の大量消費社会が、地球資源を枯渇させ、環境を汚染し、健康被害を及ぼしている。全てはお金儲けのため、そして欲望のままにむさぼり喰ってきた結果である。
早い、安いを売りに、価値観を均一化させ、マーケットを世界中の隅々にまで拡大し、巨大ビジネスを形成する世界企業。私たちはその企業に依存して働き、消費している。しかし、そこで得られた巨万の富は、ごく一握りの資産家の間でマネーゲームされ、貧富の格差は広がる一方である。
大量生産、大量廃棄、環境への大量負荷、質の低さとそれを補うための大量の添加物使用、というグローバル経済は、人間や地球の健康を犠牲にした上で成り立っており、持続は“不可能”である。そしてこれは、私たちの暮らしが生み出した結果である。


2.エコロジーのまやかし

市場では「地球に優しい」とうたった商品が後を絶たない。地球に優しい技術というものも蔓延している。しかし、地球環境は一向に良くならない。これは、生産プロセスを多少環境配慮したにすぎず、抜本的には何ら従来と変わらないからである。
また、ペットボトルや発砲トレイをせっせとリサイクルしても、ペットボトルやトレイのゴミは減るばかりか増える一方である。これもまやかしである。リサイクルは一時の気休めにすぎず、本来はリターナブルして使い回す方がいいし、さらにはそんな使い捨て容器を使わない方がいい。しかし無くならないのは、消費者が便利だからという理由以上に、流通業者が運搬し陳列しやすいからであり、効率を優先させコストダウンを図るシステム自体の問題なのである。

私たちは、スーパーマーケットで商品を安く購入できても、環境コストや健康コストの面で、後々高い代償を支払っていることに、いまだ多くに人は気がついていない。

例えば、貴重な水資源をふんだんに使い、森を伐採し、公害をまき散らし、児童労働などで安く生産された原材料を、石油を使って遠い外国から輸入し、石油や原子力によって発電された電気や、石油から作られる化学薬品を大量に使用して、汚水や排煙をまき散らしながら製造された製品を、石油由来のパッケージで過剰包装し、トラックで運搬し、多きな空間をエアコンで温度調整して明るく照らした大型店舗で、レジ袋に入れられて購入する。この全ての過程において、CO2が発生し、地球温暖化を助長している。しかも食品の場合は、さらに塩分と糖分と脂質の過剰な摂取、および食品添加物や残留農薬などによって、健康も徐々に蝕まれ、多額の医療費や保険料を一生涯支払い続けていく結果をもたらしている。

つまり私たちは、陳列棚に並んだ商品だけを購入しているのではなく、このような全てのプロセスを含めて購入し、それらを助長しているのである。ゴミ処理費や医療費などは、自分事のささいなコストである。それに比べると、生産・流通に伴い派生した温暖化ガスの排出、土壌・水質・大気汚染、放射性廃棄物の処理、森林や生態系の破壊などによる被害などを考慮すると、計り知れないほどの社会コストを支払っているのである。しかも、子供たちの未来まで犠牲にして。


3.経済が環境問題を生んだ以上、経済が変わらない限り、環境問題は解決しない

このような現代の産業構造の上に立脚し、なんとかその延命を図ろうとするために開発されたエコロジー技術や手法だけでは、決して人類は救えないだろう。しかし、技術や機械そのものが間違っているのではない。市場を果てしなく拡大し続けなくては生き残れない、今日のグローバルな経済システム自体が問題なのである。

では、今日の経済システムに依存することなく、暮らしていくことは可能なのか? YES! 今ある道とは違う“もうひとつの道”は、確かに存在する。暮らしや経済を,持続可能な形に根本的に見直すことは可能であり、既に世界中で多くの人達が実践している。これは、古くて新しい道でもある。つまり、グローバリゼーションに対して、徹底したローカリゼーションを行なうこと、そしてコミュニティの結び付きを大切にすることである。

例えば、地元で生産し地元で消費する「地産地消」は、地域内の産業を活性化させ、活力を生み、しかも余計な環境コストを派生させない。地域の特産品を育て、地域の独自色を鮮明にし、地元生産者を元気づける。地元の小さな商店で買い物をすることで、お金はお店を営む家族の生活を直接支え、その後も地域内で循環する。しかし郊外の大型チェーン店で買い物をすれば、お金は中央の本部へと送られ、株などの投機に使われ、国際的な金融市場に吸い取られ、さらなる大型店の進出を助長し、地元商店街はシャッター商店街となり、地域はますます活力を失っていくのである。

また、地域資源を活かしながら地域課題をビジネスを起こして解決する「コミュニティビジネス」(*3)や、地域内でモノ・サービス・労働力を循環させるために地域内限定通貨を発行する「地域通貨」(*4)、銀行が融資しなくても地域社会にとって必要な事業に対して超低利子で融資する非営利金融の「NPOバンク」(*5)なども、地域に活力を与えてくれる先進事例である。

環境問題も経済問題も、全てのカギは“循環”=“環”の思想にある。地域内のような狭い範囲での循環こそが、真の持続可能性をもたらし、環境負荷や無駄なコストを最小限に食い止めてくれる。
そして、経済が環境問題を生んだ以上、経済の仕組みが変わらない限り、環境問題は決して解決しないのである。


4.未来は私たちの意思の現れである。ゆえに、未来は変えられる

私たちがどんな欲望を実現させたいかによって、現実は変わる。その連続が、未来へとつながっている。私たちは、一瞬一瞬の“今”の選択を常にし続けている。現実とは、その選択の結果、現れた姿なのだ。

そして、お金を使うということは選挙と同じで、ある商品に対し、円という投票用紙を使って投票する行為とも言える。人気のある商品は市場で残り、そうでないものは退場する。企業は大きな力を持っているが、その企業は商品の販売によって支えられており、商品を選択しているのは,私たち消費者である。つまり、どんな商品への投票(購買)を行なうかによって、経済を変えることができるのである。

しかし、私たちには広告情報は与えられていても、真実はいつも明かされていない。偽装事件などがそのいい例である。最近になってトレーサビリティ(*6)が義務づけされ、多少は明らかになってきたとはいえ、まだまだからくりは明らかにされていない。そして相変わらず広告イメージだけで商品を購入し続けている。しかも、スーパーマーケットに並ぶ大量生産された商品の中からしか選択できない。そこで本物の商品に出会うことは、実に難しい。

そんな中で、抜本的に自らの消費行動や暮らしを見直す動きとして、「スローライフ」(*7)や「ロハス」(*8)といった新たなライフスタイルが、今世界中で注目されている。これは豊かさや価値観の大きな変革であり、消費傾向を大きく変え、早く大量に安いモノ(=ジャンク)を求めるのではなく、質やプロセス(=本物)を大切にする動きである。

例えば、安い普通紙を使い続け、ティッシュペーパーを使い捨て続ける限り、熱帯雨林は伐採され、製紙原料のウッドチップとなり、輸入される。白色度にこだわる限り、漂白剤や洗浄汚泥で河川は汚れる。しかし、私たちが多少高くても非木材紙や100%再生紙を求めれば、またティッシュではなく雑巾を使えば、熱帯雨林の伐採速度は遅くなるし、非木材紙や再生紙の市場価格は安くなる。多少茶色くても、目がチカチカしないことだし構わないとなると、水も守られる。

どのような暮らしを目指すのか、そのために今何を選択するのか。その選択によって未来は左右されており、それを決定づけているのは、一人ひとりの意思である。つまり、未来は私たちの意思の現れである。
私たちは、微力だけど、無力ではない。未来は、私たち一人ひとりの選択によって、変えることができるのである。




<用語解説>

*1 BRICs(ブリックス)
経済発展が著しいブラジル (Brazil)、ロシア (Russia)、インド (India)、中国 (China) の頭文字を合わせた4ヶ国の総称。各国の人口は、中国 12億8000万人、インド 10億2000万人、ブラジル 1億7000万人、ロシア 1億4000万人。

*2 エコロジカル・フットプリント
人間活動により消費される資源量を分析・評価する手法のひとつで、人間1人が持続可能な生活を送るのに必要な生産可能な土地面積(水産資源の利用を含めて計算する場合は陸水面積となる)として表わされる。例えば、1)化石燃料の消費によって排出される二酸化炭素を吸収するために必要な森林面積、2)道路、建築物等に使われる土地面積、3)食糧の生産に必要な土地面積、4)紙、木材等の生産に必要な土地面積、を合計した値として計算される。これは人間が地球環境に及ぼす影響の大きさとみることもできることから、エコロジカル・フットプリントつまり「地球の自然生態系を踏みつけた足跡(または、その大きさ)」と呼んでいる。
 日本のエコロジカル・フットプリント:4.3ha/人(1ha=100m×100m)
 米国のエコロジカル・フットプリント:9.5ha/人 
 世界合計(公平な割り当て面積)では:1.8ha/人
  (データはWWFの「Living Planet Report 2004」より)

*3 コミュニティビジネス
地域資源を活かしながら、地域課題の解決を「ビジネス」の手法で取り組むもの。地域の人材やノウハウ、施設、資金を活用することにより、地域における新たな創業や雇用の創出が期待できる。また、地域住民自らが主導し実践することによって、地域社会の自立・活性化、地域コミュニティの再生などの効果が望め、社会に貢献しているという満足感や、やりたいことを実行するという自己実現の満足感、生き甲斐などが得やすい。

*4 地域通貨
国が発行する円やドルなどの法定貨幣とは異なり、地域住民自身が発行する。1930年代の世界恐慌の頃から導入され、世界の約2500の地域で使われている。日本でも福祉、環境保全、コミュニテイの再生を目的に約70の地域で導入されている。債権・債務関係に基づく法定通貨には、市場性や貯蓄性が求められるが、地域通貨は、地域の助け合いを促すために、地域内で使うことを目的としており、利息がつかず貯蓄性がないことが特徴的。例えば、敬老の日に孫が贈る肩たたき券もその類い。
法定通貨は全国くまなく流通するため、炭鉱の閉山などによって地場産業が無くなると、地域内では法定通貨が不足するという事態が生じる。しかし、地域内で生産できる物やサービスについては、地域独自の交換手段=地域通貨を用いることによって、地産地消を高めることが可能となる。アメリカでは、マサチューセッツ州バークシャー郡でバークシェアーズという地域通貨が2006年9月に発足し、1年も経たないうちに100万ドル相当の地域通貨が地域内で流通している。環境への負荷、グローバリズムや市場至上主義の弊害への対策として注目されている。

*5 NPOバンク
地域社会や福祉、環境保全のための活動を行うNPOや市民団体、個人などに融資することを目的として設立された小規模の非営利銀行。1989年以来、「市民バンク」「未来バンク」、Mr.Childrenの桜井氏らが作った「apバンク」など全国各地で相次いで設立されている。NPOバンクの運営形態は様々だが、主旨に賛同する市民やNPOが組合員となり、1口数万円単位の出資を行い、それを原資としてNPOや市民団体、あるいは個人へ融資する、という形が多い。利率は様々だが、多くの場合1〜3%程度と比較的低利に抑えられている。出資者側から見れば、元本保証がない、出資金が自由に引き出せないなどのデメリットはあるが、自分の意志に沿った形で資金が運用されることが大きな魅力と言える。融資先を出資者に公開することで、出資者と融資先の間に「顔の見える」信頼関係が築かれることも大きな特長。なお、融資の審査は公認会計士等の専門家を交えて行われており、国内のNPOバンクではこれまで貸し倒れはほとんど起きていない。

*3 トレーサビリティ(traceability)
製品の流通経路を生産段階から最終消費段階、あるいは廃棄段階まで追跡が可能な状態のことをいう。
近年、遺伝子組み換え作物の登場や、有機農産物の人気の高まり、食品アレルギーやBSE問題、偽装表示、産地偽装問題などの発生に伴って、食品の安全性や、消費者の選択権に対する関心が高まっており、特に食品分野でのトレーサビリティが注目されている。

*4 スローライフ
スローフードとは、ファストフードによって全世界で味の均質化が起こっていることに危惧を抱いたイタリアの人たちが、地元の食材と「食」にまつわる文化を大事にしようと取り組み始めたもので、「自分たちがやっていることは、ファストフードに対して、スローフードだね」と言ったのが、そのまま運動の名前になった。1986年に始まった。
この概念を、生活スタイル全般にわたって同様に提議づけたものがスローライフ。地産地消、職人技の見直しなど、本来のプロセス(時間)を経て、本来の質を取り戻した暮らしともいえるだろう。

*5 ロハス
Lifestyles Of Health And Sustainability=健康と環境を志向するライフスタイルの略。ヨーガや自然食ブームなどがその一例。アメリカではLOHAS層を「環境と健康に関心、社会に対する問題意識、自己啓発・精神性の向上に関心が高く、実際の行動に移す人々」と定義。アメリカの成人の23%、日本の成人の29%がLOHAS層(2005年調査)だという。米LOHASマーケット規模は2兆円、5年以内には20兆円という試算も。 
2007/02/12
カテゴリ: あきおのPeaceEarth日記 : 

執筆者: あきお (1:01 am)
 今日は誕生日でした。

ゆっくりお風呂に入りながら、産まれた時の事を思い返していました。記録的な大雪の夜だったそうです。記憶なんて全く残ってないんだけど、父と母が愛し合って、その愛の賜物として生まれ、家族の愛に見守られながらこの世に誕生したんです。世の中の大半の人達がそうであるように。まず初めに愛ありき。僕たちは愛から生まれ、愛の力で育ってきた。僕たちの本質は、愛そのものなんですよね。当たり前なんだけど、改めてそのことをかみしめました。
ありがとう! お母さん、お父さん。


そして、今日は建国記念日、かつての紀元節でした。紀元節が国家行事として祝われるようになったのは、明治以降からです。

1873年(明治6年)、明治政府は『日本書紀』に記述される神武天皇の即位の日「辛酉年春正月庚辰朔」を、当時の文部省天文局や暦学者にグレゴリオ暦で算出させ、その日を西暦紀元前660年2月11日と断定しました。ちなみに『日本書紀』はその日を朔(新月)と記述していますが、現代の天文知識で当時の月齢を計算すると、偶然にもこの日は新月に当たるそうです。
紀元節は戦後GHQによって廃止されましたが、1966年に再び建国記念日と制定されました。

明治22年には、この日を期して大日本帝国憲法が発布され、これ以降は憲法記念日にもなり、明治24年からは、天皇皇后の御真影に対する最敬礼と万歳奉祝と、校長による教育勅語の奉読などからなる儀式を小学校で行うことになり、1914年(大正3年)からは全国の神社で紀元節祭を行うこととなり、1926年(大正15年)からは青年団や在郷軍人会などを中心とした建国祭の式典が各地で開催されるようになり、その後日本は戦争への道をひた走って行きました。

歴史の授業で習ったことをおさらいすれば、明治政府にとっては、当時の欧米列強との不平等条約を撤廃する事が悲願でした。そのためには、日本もヨーロッパの一員にならなくてはいけないと考え、極端な西洋化を推し進め、紀元節を算出して建国日を特定し、憲法を制定して法整備する事で、国家としての体を整えていきました。そして日清戦争、日露戦争での勝利によって、大国の力の論理に対するには、軍事力によって得る力しかないと確信し、富国強兵に全ての国民の力を集結させる軍国主義(=パワートリップ)の道を突き進みました。

そして、日本人は明治の西欧近代化の過程で、江戸400年の平和な時代に熟成させた、簡潔かつ美の粋を極めていた日本固有の文化を自ら捨ててしまいました。
明治政府は、神仏習合し八百万の神々を祀ってきた神道を天皇崇拝の国家神道に変え、学び舎を富国強兵の戦士を育成する場に変え、地域コミュニティを相互監視装置に変え、暦も歴史も宗教も文化も、あらゆるものを都合のいいように再構築し直しました。
この時から日本人は変わり、日本文化は解体されたんだと思います。

確かに攻撃こそ最大の防御というとおり、軍国主義によって日本は植民地にならずにすみました。しかし侵略戦争によって東アジア諸国には、今日に至っても未だ癒えることのないほどの大きな禍根を残してしまいました。

“戦後政治の総決算”と声高に言う人達にとっては、敗戦によるGHQ時代の名残を全て清算し、かつての明治政府が標榜した強い国家への道を再び歩むことが悲願なんでしょう。お札に載っている人は明治政府の役人が多いし、尊敬する人として名を挙げる人もそうです。
しかし、その明治政府が行なったことは、自分達の伝統文化を解体して都合のいいように再構築し、国民を統制し、パワートリップのままに戦争を起こしたことでした。僕にとっては、嫌いな日本の礎を築いたのが明治政府なんです。

紀元節を迎え、改めて今日のこの国の成り立ちについて考えてしまいました。政治家の皆さんは“美しい日本”と言われて、一体いつの何を思い描いているんでしょうか。

アメリカ中西部の砂漠地帯に住む先住民のディネ民族は、“Hozho go Nah Naazo”「美しい道を歩いて行けますように」とお祈りします。この美しい道とは、デイネ語で「美、神聖、平和、調和、バランス」などを意味しています。

かつては日本人にとっての美しい道も、このディネ民族ときっと同じだったと思います。日本人の造形美や自然観、宗教観などは、まさにそうだと思えるからです。そして江戸〜明治初期に来日した多くの西洋人達を魅了した美しい日本も、まさしくそうだっのではないでしょうか。
美しい日本でありたいのなら、まずは美しい道とは何かをしっかりとつかみ、その道を歩んで行くことからしか始まらないと思います。

私たちが美しい道を,ともに歩んで行けますように。
May we walk in beauty.

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