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アースデイとやま の記録

2010年12月27日(月曜日)

第12回生物多様性講座テキスト

カテゴリー: - yokomogu @ 16時27分13秒

アースデイ生物多様性連続講座「イチからわかる生物多様性」
第12回「なぜ生物多様性を保全しなければならないか」  
              横畑泰志(富山大学准教授、アースデイとやま実行委員) 

1.すべての生物を守ること
 生物多様性や生態系の保全の目的は古くから議論されていますが、大別すると、それらが人間(個人ではなく子孫を含めた全人類)の長期にわたる生存や幸福のために必要であるからとする人間中心主義(antholopocentrism)的な立場と、人間以外の生物には人類による利用を離れても固有の価値があるからとする生物中心主義(biocentrism)的な立場があります。人間中心主義的な立場に立脚すると、しばしば人類にとって有用な生物だけが選択的に保護されてしまいがちになるという問題が生じます。数多くの生物の中には、要石種やアンブレラ種のように保全の意義の明瞭なものがいる半面、寄生生物のように生態系の中での重要性がよくわからないものも少なくありません。しかし、第3回講座で示したように、野生生物の間には極めて複雑な関係が結ばれており、個々の生物の存続には多くの他の生物が必要であることや、人類がまだ自然の構造や形成過程、生態系の機能を十分に理解しておらず、適切な選択が不可能であること、生物資源を活用する術が今後も進歩していくことから、個々の生物の保護だけでは不十分です。
 また、生物多様性の危機はよく飛行機のリベットを一つずつ外していく行為に例えられます。個々のビスを少し外したくらいでは飛行機の運航に支障はありませんが、さらに多くのリベットを外してゆくと、いつかは大惨事に至るでしょう。
 このように、人間中心主義的な立場だけから見ても、特定の生物を選別して保護していくのではなく、可能な限り地域の生物相や生態系を包括的に保全していくことが必要です。

2.人間中心主義と生物中心主義
 自然や生物多様性は様々な価値を有していますが、それには人間の使用に基づく使用価値(instrumental value)と、人間の利用を離れた本質的価値(intrinsic value)があるとされます。また、使用価値の一部は内在的価値として区別されることもあります(表1)。人間中心主義的が使用価値を保全の裏づけとしているのに対して、生物中心主義は本質的価値を裏づけにしています。本質的価値は説明が難しく、「自然には、人間を離れても、あるいは無生物も含めてその間の平等関係の中で様々な関係性を持って存在している。その中に存在するような価値があるというのである。」(鬼頭、1996)などと言われていますが、使用価値に較べるとはるかに難解で、すべての人に認知されるには至っていません。環境保護活動に携わる多くの人々に、なぜそのような活動をするのか尋ねたアンケート調査(表2;WWF Japan、2000)でも、「人間が生きるには自然が必要だから」といった人間中心主義的な立場からの回答数が、「自然にも文化財や人間と同様の価値があるから」といった生物中心主義的な回答数を大きく上回っており、生物中心主義的な立場から環境を保全することの難しさが理解されている結果と考えられます。

表1.生物多様性の(広義の)使用価値
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
カテゴリー    実    例
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
物質    食物、燃料、繊維、医薬品            
サービス 花粉媒介、物質循環、窒素固定、環
境調節    
情報    遺伝子工学、応用生物学、純粋科学       
精神・心 美、宗教的畏敬、科学的知識(内在
理    的価値)            
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 
(Callicot、J. B.“Conservation Values and Ethics”、in Meffe and Carroll、1994)

表2.「なぜ自然保護活動をしているのか」/「なぜ自然は大切か」への回答
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(市民グループ、NGO、研究者)
 人間が生きるには自然が必要だから        26 人
 次の世代に引き継ぐ責任があるから        15
 人間による影響の大きさに危機を感じて      14
 自然や生き物が好きだから             9
 自然環境や生態系、動植物を守るため        9
 自然にも文化財や人間と同様の価値があるから    4
 自然と共存する社会を作るべきだから        3
 一度壊すと回復できないから            1
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(企業)
 企業の社会的責任、経営課題だから         3
 人間が生きるには自然が必要だから         2
 人間による影響の大きさに危機を感じて       2
 一度壊すと回復できないから            1
 自然や生き物が好きだから             1
 次の世代に引き継ぐ責任があるから         1
 自然環境や生態系、動植物を守るため        1
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
               (WWF Japan、2000)

3.欧米における環境保護思想の変遷
 これらの考え方は、欧米における18世紀末以来の環境保護思想の流れの中から生じてきたものです。それらをより深く理解するために、その流れの主要な部分をふり返ってみましょう。
18世紀のルソーの思想に影響を受けて、19世紀初頭にロマン主義的保護思想(超越主義)が提唱されています。エマソンは「自然は人間の想像力の源であり、人間の精神と密接に関係している」(「自然」1836)とし、ソローは理性や科学よりも直感の力によって自然の大霊(Oversoul)と交流し、人間の精神を見つめて行こうと主張しました(「Walden、or Life in the Woods」1854、邦訳「森の生活 −ウォールデン−」、宝島社、1980)。この主張は開拓者よりも失われた自然を嘆く都市生活者に強く受け入れられ、現在の都市域住民と農山村域住民の意識の違いと同様のものと考えられます。ミューアは自然保護団体「シエラ・クラブ」を創設し、社会運動としての自然保護活動を展開しました。彼らの主張は、自然の「保存」(正確には保護(protection)と保存(preservation)を合わせたもの)を主張する立場とも理解できます。
 合衆国の農務省森林局長を務めていたピンチョによる森林管理思想は、森林を「最大多数の最長期間の最大幸福」を目的に、功利主義的に資源として管理(management)、保全(狭義のconservation)することを主張するものでした。こうした立場は、現在でも繰り返されているように、「保存」の立場とはしばしば対立するもので、1906年から始まった合衆国のヘッチ・ヘッチィ渓谷のダム建設問題では、シエラ・クラブが原生自然の保護を唱えて開発者を提訴し、ピンチョが適切な管理を唱えて開発者を擁護しました。
 ピンチョの後継者であるレオポルドは科学的な保全の立場から出発し、初期には「獲物の管理」(1933年)を著し、狩猟動物の管理や有害動物の除去に従事していましたが、やがて人間が自然を管理することの難しさに気づき、倫理の適用範囲を人間社会から土地(=自然生態系)へと拡充して土地倫理(land ethic)を提唱しました。これを受け継いだキャリコットは、環境倫理学を構築しました。法律家のストーンは、レオポルドの影響を受けて、法人などの概念を拡張し、自然物の当事者適格を主張しました(「樹木の当事者適格―自然物の法的権利について」1972年)。
 これらの流れとは別に、マーティンは動物愛護協会を1824年に設立し1824、動物(主に家畜と実験動物)の解放を主張し(動物解放論)、反生体解剖運動を行ないました。その結果、英国で1876年に動物虐待防止法(マーティン法)が制定され、その後の動物実験反対運動につながりました。これを理論化したのがシンガーで、黒人や女性の解放運動に触れつつ、能力に個人差のある人間が平等であるためにはその根拠を他のものに求めなければならず、それが苦痛を感じる可能性にあるとして動物も同じと主張しました(「動物の解放」、1973年)。しかし、キャリコットは野生動物への適用に合理性がないことや、生態系の中での生物間や無生物と生物とのつながりに関心が低いなどの点から、動物解放論を批判しています(「動物解放論―三極対立構造」1980)。


2010年3月26日(金曜日)

第3回「生物多様性の保全はどのように行うべきか」テキスト

カテゴリー: - 世話人 @ 17時11分11秒

1.「自然保護」の多様性

 自然保護(conservation of nature)は、自然環境の存続の保証のための行為を幅広くさす言葉です。「自然」という言葉でひとくくりに扱われることの多い多種多様な生態系は、それぞれが固有の歴史をもっているために、厳密には一つとして他と同じものがなく、保全のあり方も多様であるはずです。日置(1993)は自然保護の内容を以下の4つに大別しています。

・厳正保護(または保護、strict protection、protection):開発などの人為的な行為を排除して、自然環境を元の姿のまま残していくこと。

・保存(preservation、reservation):生態系の中には放置しておくと状態が変わってしまうものもあるので、人手を加えて現状を維持すること。

・(狭義の)保全(conservation sensu strict):自然環境を許容範囲内で利用しつつ共存すること。

・復元(再生、restoration):破壊された環境を人為的に回復させること。

 日本の森林は原生林、二次林、人工林の3つに分けられますが(表3)、二次林も原生林的なものから人工林に近いものまでさまざまであり、それぞれの構造や歴史的背景を踏まえて保全の方法を考える必要があります。ヨーロッパの多くの地域では、古くから多くの森林を伐採して牧草地などとして利用してきた経緯があり、原生林がほとんど残っていません。また、大陸の連続した地形や氷期に南北から同時に発達した氷河の影響などで、生物の多様性や固有性が低い地域が多くあり、厳正保護を行うべき場所はあまり多くありません。日本はそれに較べて、原生林の面積割合は低いものの、しばしば二次林として一括される里山などの森林にも自然度の高い自然環境が残っていることがあり、慎重なゾーニングが求められます。
 例えば、かつて富山の低山帯には冷温体のブナ林がかなりまとまって存在していたと考えられ、縄文時代の遺跡から出土する種子や富山県平野部の土中からみつかる花粉の分析結果から支持されていますが、呉羽丘陵などの二次林の下層植生には、その構成要素と考えられるショウジョウバカマやオオイワカガミ、ツルアリドウシなどの植物が今でも見られます。これらは、現在では暖温帯の照葉樹林として一括されることの多いこの地域のかつての自然の姿を示しているとされています。
 一方、2003年に制定された「自然再生推進法」は、地域の多様な主体の参加により「自然再生事業実施計画」を策定し、破壊された自然環境をそれに基づいて復元し、さらに良好な生態系を創出していこうとする法制度です。問題点として、復元できる自然要素はごく限られており、一度破壊された自然を人間の手で元通りに復元することはまず不可能であること、現状では復元を口実に破壊が容認されることが多いことがあります。日本生態学会は不適切な自然再生を防ぐため、2005年に「自然再生事業指針」を公開し(http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2005/EMCreport05j.html)、「自然再生事業講習会」を開催しています。

2.すべての生物を守ることの意味

 自然の生態系は通常多種多様な生物を含んでおり、それらの複雑な関係によって成り立っています。しかし、野生生物の保全の場では、しばしば特定の生物に大きな関心が寄せられ、それを中心にした保全活動が行われることがあります。鷲谷・矢原(1996)は、それらの生物を「保全の指標となる種」とし、以下の5つに区分しています。

1.生態的指標種:同じような生息場所や環境条件を必要とする多くの生物を代表する種

2.要石種(キーストーン種):生態系の中で重要な役割を果たしており、いなくなると大きな影響のある種(総論3「生物多様性はどのように衰退しているか」-2「野生生物を滅ぼす4つの原因」を参照)

3.アンブレラ種:広大な生息地を必要とする種など、それを保護すれば他の多くの生物が保護できる種

4.象徴種:美しさや魅力によって、一般社会に保護の大切さをアピールすることに役立つ種

5.(広義の)危急種:絶滅のおそれの高い種

 これらはすべて、その生物を守ることによって、それをとりまく他の数多くの生物をも保全することができるという基本的な考えに基づいています。
地球上に生きる多様な生物の中には、生態系の中でほとんど何の役にも立っていないようにみえるものや、人間や他の生物に有害な生物も少なくありません。にもかかわらず、野生生物の保全の場では、古くからあらゆる生物を保全することが最終的な目標とされてきました。その理由として、かつては「生態系は多種多様な生物が存在するほど安定であるため、生態系の安定化のために多様な生物を守る必要がある」という説がとりあげられてきました。これは1960年代頃までは一般的に支持されていましたが、1970年代以降、数多くの「例外」や違った実験結果が数多く発見されたり発表されたりするようになりました。ベトナム戦争の際アメリカ軍がこの説を根拠にして実行した「枯葉作戦」が著しい環境汚染を引き起こして大きな問題になったこともあり、この説は現在では無条件に受け入れられることはありません。そのかわりに、私たちは以下のような考えを挙げることができるでしょう。

1.生態系は非常に複雑な関係の上に成り立っているので、一見何の役にも立っていないような生物(寄生生物など)や有害な生物(病原体、猛獣など)であっても、間接的に重要な役割を果たしていることが多いと考えられる。

2.人類は自然や野生生物をまだほんの僅かしか理解していないので、本当に不要な生物が存在していたとしても、他の生物から的確に区別することができない。

3.今後も人類が他の生物を利用する技術が発達していき、新たな問題や需要も発生するであろうから、現在不要と考えられる生物が将来有用なものになることがあるかもしれない。

 一方、最近日本人の理論生態学者によって「柔軟な食物網仮説」(Kondoh、2004)が提唱され、注目されています。これは、「生態系の中に機会的な広食性動物が多く含まれている場合、その生態系は多様な生物がいるほど安定化する」というものです。「広食性」とは、多様な食物を利用できる性質のことですが、動物質のものも植物質のものも食べる「雑食性」に対して、仮に利用できる食物が植物や動物の片方だけであったとしても、様々な植物、または様々な動物を食べて生きていくことができることを意味します。つまり、状況の変化に合わせて食物のメニューを自在に変更できる動物(例えば、クマ類のようなもの)が多い場合には、多種多様な生物からなる生態系ほど安定化するとされています。この説が今後定着してゆけば、私たちは多種多様な生物を保全するべきであるという理由を、限定つきではありながらも、もう一つ取り戻すことができるでしょう。

3.寄生生物の保全から普通種の保全へ

 前項で述べたような一見無益な生物の一例として、他の自由生活性の生物(宿主)の体表や体内に寄生する、寄生生物を挙げることができるでしょう。それらは日本の生物学の研究体制の中では医学や獣医学の分野で人畜に有害なものが、農学の分野で栽培植物に有害なものが、それぞれ選択的に取り上げられてきたため、すべての寄生生物が有害な生物であるという印象を持たれることも少なくないでしょう。野生生物に寄生する大半の寄生生物は、実際にはほとんど病原性のない「片利共生生物」です。仮に1種類の宿主に平均4種類の生物が寄生すると仮定すると、それだけで地球上の生物の5分の4は寄生生物であることになり、寄生生物は地球上の生物多様性の中でも非常に大きな部分を占めていることになります。
 しかし、寄生生物の中には、絶滅のおそれの高い宿主に特異的に寄生しているため、それ自体も絶滅の危機にさらされているものが数多くあります。表4に、そうした日本産「絶滅のおそれのある寄生生物」のうち現在知られている17種を挙げます。そのうちカブトガニウズムシを除く16種はまだ環境省レッドリストに記載されておらず、今後掲載していく必要があります。また、この他にも分類学上の問題点や宿主への特異性が不明なことから、絶滅の恐れがあることが明確ではないものの、その可能性のあるものが数多く存在します。
 こうした寄生生物は、宿主の絶滅と同時に絶滅するよりは、宿主がある一定の数以下に減少した時点で、宿主よりも先に絶滅することのほうが多いと考えられ、実際に日本産野生動物の小規模な地域集団の中では寄生虫の種数が減っていた例がいくつも知られています。一方、様々な生物を幅広く宿主として利用できる寄生生物は、そのうちの一つだけが著しく減少したとしても姿を消すことはないでしょう。そのため、絶滅のおそれの高い宿主の体表や体内では、特異性の高い寄生生物の種数が寄生生物全体の種数の中に占める割合が減ると予想されます。実際に、数多くの文献情報の中からその状況を明らかにしたのが図9です。この図から、固有率の低下は「記載なし」と「準絶滅危惧」の間で顕著に起こっており、寄生生物の保全のためにはレッドリストに記載されない「普通種」を適切に保全し、記載種にしないことが重要であることがわかります。この原則は、寄生以外にも様々な他種との依存関係の中で生存している多くの生物に広くあてはまることでしょう。

表4.日本産「絶滅のおそれのある寄生生物」          
    学 名(分類群)         宿主(絶滅危惧度)     
ヘリグモノイデス・イケハライ(線虫)  オキナワトゲネズミ(IA)
ウンシナリア・マヤ(〃)        イリオモテヤマネコ(IA)
ラブディオポエウス・タイロリ(吸虫)  ジュゴン(IA)
イノドソレノルキス・ヒルンディナセ   同上
ウス(〃)
パラコクレオトレマ・インディクム(〃) 同上
タプロバネラ・ビスカウダタ(〃)     同上
マリトレマ・カルディナエ(〃)     カタヤマガイ(IA)
ニホンジュウケツキュウチュウ(〃)   同上
オベリスコイデス・ペンタラギィ(線虫) アマミノクロウサギ(IB)
サルミンコラ・ステラツス(節足動物)  イトウ(IB)
カブトガニウズムシ(渦虫)       カブトガニ(I)
ライチョウコクシジウム(原虫)     ライチョウ(II)
ロイコチトゾーン・ロバティ(〃)     同上
リオローペ・コプランス(吸虫)     オオサンショウウオ(II)
スピロクシス・ハンザキ(線虫)     同上
メガバトラコネマ・ニッポニクム(〃)  同上
カメガイネマ・シングラ(〃)      同上           

図9.宿主の絶滅危惧度と寄生生物の固有率(その宿主から知られている寄生生物のうち、その宿主からのみ知られているものの種数の割合)

4.すべての生物を守るために

重油流出事故のように生態系全般に悪影響を及ぼし、被害が広域に及ぶ環境汚染が発生した場合、しばしばラッコや海鳥のような関心を持たれやすい生物に関心が集まり、保全のための努力もそれらに集中することが多くあります。しかし、それだけでは生物多様性を適切に保全できません。そうした関心を持たれやすい種が、必ずしも要石種やアンブレラ種などであるとは限らず、仮にそうであったとしても、その地域のすべての生物の保全につながるとは限らないからです。一方、レッドリストには地域ごとに絶滅のおそれのある種が掲載されていますが、地域ごとの生物相の調査は十分な形で行われているとは限らず、これも関心の持たれやすい地域に集中しているのが現状です。
 その一例として、富山県と石川県の海岸や浅海域から知られている動植物の分布情報を可能な限りあらゆる生物群において総合すると、石川県の場合は図10のようになり、地域ごとに知られている生物種数がかなり違っていることがわかります。そこで、両県の各区域ごとに見られる種の組合せの類似度を、(2つの区域で共通する種の数)÷(種数の少ないほうの区域の総種数)で計算し、類似しているところをクラスター分析という方法で順に結びつけていくと、図11のようになりました。同じ色の場所が同じような生物相を擁している地域ですが、ところどころにある離れ島のように周囲と異なる生物の見られる場所は、広域環境汚染の際に壊滅的な被害を受けやすく、また一度生物相が破壊された場合に周囲からの進入によって生物相が回復することが非常に難しいと考えられます。このような場所を重点的に保全することは、生物相が十分に調査されていない場所も含めて、地域ごとに見られる生物を幅広く包括した保全策の一例といえるでしょう。
 このように、地域ごとの生物の生息情報を丹念に調べ上げることは、生物多様性を適切に保全する上で非常に重要な役割を果たします。それは、絶滅のおそれの高い種だけでなく、ごく普通に見られる種も同様です。一般市民が生物多様性の保全に貢献するには、いたずらに不適切な植樹や魚の放流、逃亡の恐れのある生物の飼育などで生物相を撹乱するよりも、そうした地道な情報の収集に協力するような活動のほうが、よほど重要です。


2010年2月15日(月曜日)

第2回「生物多様性はどのように衰退しているか」テキスト

カテゴリー: - 世話人 @ 15時07分20秒

1.生物が一日100種消えていく

 現在、様々な原因によって多数の生物種が絶滅の危機にさらされており、次々と絶滅しています。西暦1600年以降の地球上で絶滅したことが知られている鳥類と哺乳類は、1850年以前は50年間に10数種程度でしたが、その後は50年ごとに40種以上に増えており、人口の増加と工業化、物質文明の拡大が生物多様性に大きな影響を及ぼしていることがわかります。地球上に存在する生物種の総数が正確に把握されていないため、種の絶滅速度を正確に推定することは困難です。しかし、生物の生息地の面積と生息種数には一定の関係(種数−面積曲線)があるため、それに基づいた推定により、現在の地球上での生物種の絶滅速度は1日に約50〜100種程度とされることが多いようです。熱帯林の生物だけで1日に50〜80種という推定もされたことがあります(Wilson、1992)。自然状態でも種の絶滅は起こりますが、地球の歴史上何度か繰り返された大量絶滅の時期を除くと、その平均速度は1日に1〜10種程度と考えられており、人類の影響の大きさが明らかです。
 絶滅した生物や、絶滅の恐れのある生物を地球上や地域ごとにリストアップしたものにレッドリスト、それを書籍の形にしたものにレッドデータブックがあり、様々な国際機関や行政組織、学会などによって作られています。日本国内では、環境省が全国的なレッドリストを、すべての都道府県といくつかの市町村がそれぞれの地域のレッドリストを作っています(ただし、神奈川県レッドリストは県内の博物館が作成)。環境省などのレッドリストは、絶滅のおそれのある種を客観的な基準によって絶滅危惧IA類、絶滅危惧IB類、絶滅危惧II類、準絶滅危惧の4段階に分けており、地方自治体の作るものもそれにならう例が増えています。都道府県レッドリストで約4割の陸生小型哺乳類が絶滅のおそれを有するとされており、中・大型のものでも2割近くになり(図6)、他の生物群でもその程度か、それ以上の割合で、多くの生物の絶滅が危惧されています。


図6.都道府県レッドリストにおける日本産陸生哺乳類各グループの指定状況の集計(「絶滅危惧」が絶滅危惧IA類およびIB類、「危急」が絶滅危惧II類、「希少」が準絶滅危惧にほぼ相当;横畑、未発表)

2.野生生物を滅ぼす4つの原因
 野生生物の存続を脅かしている原因として、環境省レッドデータブックには26の項目が掲げられています(「その他」、「不明」を除く)。それらを大きく4つに区分したものが表1です。火山の噴火などごく一部を除くと、大半が人為的な原因です。これらの区分のうちで、外来生物による撹乱は、原因となるもの自身が増殖能力を持つことから、長期的には最も影響が大きいとされます。これらの原因の他に、最近は地球温暖化のような気候変動、カエルツボカビ症のような感染症の発生などが注目されています。
 単一の原因だけで特定の生物種が減少したり絶滅したりすることは少なく、それぞれの原因は複合的に作用することが多いようです。ときには、自然の作用と人為的な影響が複合することもあります。その一例として、富山県を含む北陸地方の多くの地域で、明治から大正期にかけてイノシシとニホンジカが絶滅したとされています。現在の分布図や四肢の形態などからこの2種の偶蹄類は積雪に弱いとされており、これらの時期に急速に発達した冬期の狩猟技術の進歩によって、積雪期に激しく乱獲され、絶滅したと考えられてきました。これらの2種は、社会構造は大きく異なるものの基本的に群居性であり、同じ時期に同様に群居性であるオオカミが絶滅していること、単独性であるニホンカモシカやツキノワグマが存続していることから、積雪の深い場所に追い込まれるなどして、群れごと捕獲されたのでしょう。
 特異性の高い寄生生物が宿主の絶滅によって絶滅してしまうように、ある生物種の絶滅が他の生物の絶滅の原因となることがあります。インド洋のモーリシャス島では、現在生えているすべてのSyderoxylon sessiliflorumという樹木が樹齢300年以上を迎えており、300年間一度も発芽していないと考えられることから、絶滅が危惧されていました。この島では飛べない鳥の一種であるドードーが約300年前に絶滅していることから、この鳥の存在がこの樹木の発芽に必要であり、恐らくドードーの消化管を通過しないと種子が発芽能力を持つようにならないのであろうと推測されました。幸いシチメンチョウがこの樹木の種子に対してドードーと同じ特性を持つことがわかり、現在はこの樹木の保護策がとられています。
 このような関係の中で、特に特定の種の絶滅が引き金となって数多くの生物が絶滅する場合があり、そのような種を「要石種」(キーストーン種)と呼びます。要石種には自然界で様々な役割を果たしているものがありますが、捕食者の例がよく知られており、例えばオオカミやラッコが絶滅することで植物食性のシカやウニが大量に増殖し、採食によって植物が大幅に減少して生態系に大きな影響が及び、様々な生物が減少、あるいは絶滅することが知られています。日本国内では次の項目で述べる侵略的外来生物として知られるオオクチバス(ブラックバスの一種)も、自然分布地である北アメリカのコロラド州のある地域では重要な要石種であり、その絶滅によって植物食性の小魚が増え、藻類が減少することが確かめられています(Powerら、1985;Meffeら、1994)。

表1.野生生物の存続を脅かしている原因

乱獲などによる個体の除去
 園芸採取・観賞用捕獲・狩猟 薬草採取 
 その他の不法採取など

生息地の破壊
 森林伐採 湖沼開発 河川開発 海岸開発 
 湿地開発 草地開発 石炭採掘 ゴルフ場 
 スキー場 土地造成 道路工事 ダム工事 
 水質汚濁 農薬汚染 踏みつけ 管理放棄 
 遷移進行・植生変化 火山噴火 

外来生物による攪乱
 捕食者侵入 帰化競合 異種混雑・放流 

生物自身の生息状況の脆弱性・二次的原因
 産地極限 近交化進行
(4つの区分はCloutら(1997、1998)など、各項目は環境省(2002)による)

3.外来生物とその問題点

 「外来生物」とは、「本来の分布(自然分布)域から人間によって他の地域に持ち込まれ、人間の手を離れてその地域に定着した生物」のことをいいます。「外来種」と呼ばれることもあり、本来その地域にいなかった種だけをさすように思われがちですが、種以下の地域集団を含めてこの語で呼ぶことになっているので、同じ種が以前からその地域にいる場合でも、人為的に持ち込まれた個体やその子孫は外来生物、あるいは外来種です。「移入生物(あるいは種)」と呼ばれることもありますが、移入という語は生態学の分野では自らの力による移動を含めて使われるので、これらの用語は生態学的には適切ではありません。日本国内に見られる外来生物のうち、国外から持ち込まれたものを「国外外来生物」、国内の他の地域から持ち込まれたものを「国内外来生物」と呼びます。さらには自然状態でその地域に住んでいる生物であっても、別の地域からつれてこられた個体は外来生物として扱います。定着後長期間が経過し、その地域に安定してみられるようになったものを「帰化生物」と呼ぶこともありますが、帰化という語は人間にも用いられるため、適切ではありません。外来生物に対して、自然分布域の中にいる生物は「在来生物」と呼ばれます(村上・鷲谷、2002)。
 外来生物は愛玩動物のような意図的、輸入物品への随伴のような非意図的な、様々な理由で持ち込まれています。その数や種類数は近年急激に増加しており、日本産陸生哺乳類の場合、総種数の約4分の1を占めるに至っています(表2)。
 外来生物は捕食(ブラックバスやマングースなど)や寄生(カエルツボカビ輸入個体群*など)、あるいは競合(セイダカアワダチソウなど)などの生態学的な作用を通じて在来生物に悪影響を及ぼし、時には食物連鎖などの複雑な生態系の仕組みを通じて自然の姿を大きく変えてしまうことがあります。在来種との交雑によって純粋な在来生物を減少、ときには消滅させてしまうこともあり、遺伝子の多様性にとっても大きな脅威になります(こうした行為がしばしば保全や教育の名のもとに行われています)。また、感染症の持ち込みや産業被害、人体への直接の加害などによって人間社会にも直接被害を与えることがあり、地域ごとの自然の姿や自然との相互作用で成立している文化の姿を歪めてしまい、それらの正しい認識を妨げます。新天地で在来生物に著しい影響を及ぼす外来生物は、特に侵略的外来生物と呼ばれています。
 こうした問題は、かつては自然保護の分野でも大規模な乱開発行為や健康被害をもたらす環境汚染などに較べて見過ごされがちでしたが、近年社会的にも大きく注目され、2004年には「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」(外来生物法)が制定されました。この法律は、生態系に特に大きな被害を及ぼすアライグマなどの侵略的外来生物を「特定外来生物」に指定し、捕獲や飼育、譲渡、販売などを禁止して被害を防ぐものです。この法律によって、外来生物の存在は生物多様性をむしばむ大きな問題であることが広く認められるようになりました。一方、この法律では国内外来生物やヤギのような家畜、カエルツボカビのような微生物、寄生生物が扱えず、大きな問題が残されていると言わざるを得ません。
*オオサンショウウオなど在来両生類に昔から寄生していたものを含まない。

表2.日本の陸生哺乳類の総種数と外来種数  
    総生息   外来種数および百分率(%)*
 目   種数  国内  国外 総種数 百分率
食虫目  21   1   2   3    14.3
翼手目  37   0   0   0    0.0
霊長目   3    0   2   2    66.7
齧歯目  30   0   9   9    30.0
兎型目   5    0   1   1   20.0
食肉目  20    3   7   10    50.0
偶蹄目   5    2   3   4   80.0
合計   121    6   24  29   24.0
(*一部の個体が外来の種を含む;横畑ら、2009)

4.平和と生物多様性 −尖閣諸島魚釣島の野生化ヤギ問題を例に
 外来生物がもたらす大きな問題の一例として、尖閣諸島魚釣島のヤギの問題について紹介します。
 尖閣諸島は南西諸島西表島の北方の大陸棚の上に位置し、5つの島嶼といくつかの岩礁からなり、最も大きな魚釣島でも、その面積は3.8km2に過ぎません。この諸島は南西諸島の中でも特有の地史的背景を有しており、数多くの固有生物がみられ、その数は魚釣島からこれまでに知られているものだけでもセンカクモグラなど 13 種 2 変種に及びます。この島には未発見の新種が多数残っている可能性が高く、この島で調査を行った研究者は、「我々の片手間仕事の昆虫採集によってさえ、新種と新記録種が続出した」と述べています。
 しかし魚釣島では、雌雄各1頭のヤギが日本のある政治団体によって1978年に意図的に放逐され、その後爆発的に増殖し、1991年の観察では、島の南側斜面だけで300頭に及ぶ個体が確認されています。シカ類やヤギなどの大型草食動物がそ離島に人為的に持ち込まれ増殖した場合、採食圧や踏圧によって植生が破壊され、島の生物相や生態系に大きな影響が及ぶことはよく知られていますが、特にヤギは非常に幅広い植物種を採食し、植物体のあらゆる部位を食べるため、著しい影響を与えます。国内でも戦前から繰り返しヤギが移入されてきた聟(なこうど)島群島をはじめとする小笠原諸島の多くの場所では、著しい森林の消滅によって数多くの生物が姿を消し、それにともない流出した表層土壌が海底に沈澱し、多くの場所で海底の生物までもが死滅するに至っています。
 魚釣島でも、ヤギの影響が懸念されています。1991年までの上陸による調査では、この島の優占樹種であるビロウなど24種の植物への食害が確認され、海岸部などのいくつかの植物群落が集中的な採食を受けて消滅していることが報告されており、その後も航空機による観察や漁師の証言によって、ヤギの生存や裸地の形成が確認されてきました。2000年には地上で80 cm離れた物体が識別できるという高解像度人工衛星イコノスによって、島全体の画像が得られ、島の約12%で主にヤギの影響によると思われる裸地化が起きていることが確認されました。その後、2006年の衛星画像では幅150mに及ぶ大規模な崖崩れが起きていることが確認されました(図7、8)。現状を放置すれば、遠からず島の大半が裸地化し、数多くの固有生物が地球上から姿を消すことになります。
 一方、尖閣諸島に関しては、日本、中華人民共和国ならびに中華民国との間で領有権に関する認識が異なり、長く国際的な問題となってきました。島への渡航は非常に困難ですが、関連するいくつかの学会などが政府などに上陸調査とヤギの除去を含む対策を求める要望書を繰り返し採択してきました。それらは環境省、外務省、沖縄県、石垣市などに提出されました。その際、いずれの提出先にも問題の重要性と緊急性が伝えられましたが、対策の実施には至っていません。
この問題は、外来種(特に離島の野生化ヤギ)の問題の大きさとともに、生物多様性を守る上での平和の大切さを物語っているといえるでしょう。


2010年1月25日(月曜日)

第1回「生物多様性とは何か」テキスト

カテゴリー: - 世話人 @ 14時15分08秒

(2010年1月23日に行った第1回生物多様性連続講座のテキストを掲載します。)

1.木陰をもたらすもの −目に見えない共生関係

 図1は、富山県南砺市の才川七(さいがわしち)にある墓地です。道路沿いの墓地の一角にせいぜい畳一、二畳程度の小規模な地面があり、そこに生えた2本の大きな木の根元に、3年前にナガエノスギタケというキノコの1種が発生しました。このキノコは地下にあるモグラの巣の近くの排泄所から発生し、モグラの糞を養分にして生えるので、それを手がかりにモグラの巣を発見できます。このキノコは糞から栄養(主に窒素化合物)を得ており、モグラもそのおかげで溜まった糞が分解されます。さらにそこには周囲に生える樹木から根が伸びてキノコの菌糸と一体化し、菌糸から根には窒素化合物、根から菌糸には光合成産物が供給されるので、3種の生物が相利共生関係にあるとされています。さっそくキノコの専門家と一緒に発掘したところ、やはりモグラの巣がありました。その巣からは、墓石やコンクリートの間を縫うように、後ろの杉林へ延々とトンネルが伸びていました。2本の木が狭い場所でこんなに大きくなれたのは、モグラが毎日せっせと杉林で小動物を捕食し、木の根元で糞をして、そこにキノコが生えることで、木を養っていたのでしょう。夏の暑い盛りにお墓参りに来た人々は、しばしばこれらの木の木陰で涼を得ていたかもしれません。
 地球上の生物は、動物界、植物界、菌界、原生生物界、モネラ(無核生物)界の5つに大別されることが多いのですが、ここで取り上げた共生関係には、モグラ(動物界)、樹木(植物界)、ナガエノスギタケ(菌界)というまったく異なった生物が関わっています。生物多様性とは、地球上にこのような様々な生物が存在し、たがいに複雑な関わりをもちながら生存していることの全体をさす言葉に他なりません。墓参りで涼をとって帰った人々は、木のありがたみはわかっても、まさかその根元でモグラやキノコが木の成長を支えていたとは夢にも思わなかったに違いありません。私たちはそうした見えない生物の営みにいつも知らないところで助けられているのです。
図1
図1.2006年にアズマモグラの巣の発掘を行った南砺市才川七の墓地と手前の道路脇に生えるコナラの大木および後ろの杉林

図2
図2.発見された巣(N)、トンネル(T)およびナガエノスギタケ(B)(物差しの黒線幅は10cm;中井、 2007)

2.足元からの一歩 −北陸の生物多様性

 先ほどの才川七の墓地で発掘されたモグラの巣からは、トヤマハヤシワラジムシLucasioides toyamaensisという新種のワラジムシが発見されました。さらに、同じ年に同じ南砺市の安居寺(あんごじ)公園の森の中で発掘したアズマモグラの巣の中からもワラジムシを見つけましたが、これもモグラアナワラジムシLucasioides sagaraiという新種でした。どちらもモグラの巣の中からのみ見つかることから、モグラの巣特有の種であり、モグラと何らかの共生関係を結んでいると考えられますが、こうしたモグラとワラジムシの共生関係そのものが世界的に新たな発見であり、2つの新種と1つの新たな共生関係という、合計3つの新発見をしたことになります。さらに、2009年に魚津市のミラージュランドでも電波発信機を使って位置を特定したモグラの巣の中から多数のワラジムシを発見しましたが、何とこれもモグラの巣に共生する第3の新種でした(布村、準備中)。このように、熱帯の密林などに出かけて行かなくても、私達が日常的に暮らしている身近な公園やお墓や遊園地で、モグラの巣の中からワラジムシを探すというような新しい視点を導入するだけで、次々と新種がみつかることがあります。地球上には、いったいどれほど多くの未知の生物種や種間関係が存在するのでしょうか。
 一方、これらの巣を作っていたモグラはアズマモグラという種でした。日本はモグラ科の動物が全部で8種みられ(図3)、面積あたりのモグラの種の数が世界中で最も多い国といってよいでしょう。新潟県から福井県にかけての北陸地方にはそのうち7種がみられ、全世界で最も多様なモグラが住む地域といえます。石川県では南西日本から分布を広げてきた大型のコウベモグラが小型のアズマモグラを平野部から駆逐しており、その北限は現在津幡市と金沢市の境界付近に達し、アズマモグラの分布域は徐々に減少しています。しかし、手取川扇状地ではまだ多くの場所でアズマモグラのトンネルが確認でき、この種が多数生息しているのがわかります(図4)。扇状地には一般の沖積平野と異なり、河川の氾濫によって様々な粒径の土砂や礫がモザイク状に堆積しており、硬い土壌や石が多く、体の大きなコウベモグラが太いトンネルを堀って住むのが難しい場所が多いため、小型のアズマモグラが生き残ることができたと考えられます。このような規模で2種のモグラが共存している例は全国的にここでしか知られておらず、ここでの河川の氾濫の大半は春の融雪期に発生することから、北陸の多雪がもたらした、この地域特有の現象と考えることができるでしょう。

図3図3.北陸地域におけるモグラ5種の分布
(桃:ミズラモグラ;青:アズマモグラ;橙:コウベモグラ;他にヒメヒミズとヒミズの2種が分布;横畑、2007)

図4
図4.金沢平野におけるモグラ2種の分布(森部、2002)

3.生物多様性とは何か

 これまでに知られている地球上の生物種の総数は、1988年の集計では約170万であり、その内訳は半数以上が動物(1,033,614種)で、その多くは昆虫、特に甲虫です(その他はウイルス1000、原核生物4760、真菌類46,983、藻類 26,900、その他の植物248,428、原生生物30,800、合計1,392,485 種)。日本からは動物だけで約60200種(最も多い節足動物は40223種)、植物などを含めると約9万種の生物が知られています。ちなみに、富山市内の呉羽丘陵から知られている昆虫は約1500種、鳥類は 157種、哺乳類は17種で、それぞれ日本全体の約4.9%、22.5%、13.4%に当たります。
 現在でも世界各地からは毎年数多くの新種が発見されており、その数はクモ類と甲殻類だけで毎年13万種にのぼるとされていることから、地球上の全生物の種数は不明ですが、現在では3000万種以上という説が有力です。中には1億種を超えるという推定がされたこともありました。干潟や河口の泥の中に住む微小な動物は篩によって採集されますが、その篩の目を細かくしただけで、「メイオファウナ」と総称される極めて多数の動物群が発見されています。日本国内の未発見種は、動物だけで 28000〜128000種と推定されています。私たち人類が知っている生物種は、実際には地球上に存在する種のごく一部でしかありません。 
 このように、生物多様性は様々な生物種が存在し、それらが複雑な関係を結んでいることによって成り立っています(種の多様性)。しかし、一つの生物種の中でも遺伝子に書き込まれた遺伝情報は個体によって異なっており、特に分布する地域の広い種では、地域ごとに異なった遺伝情報を持った集団が存在します(図 5、6;遺伝子の多様性)。こうした集団の分布は、その生物の分布の変遷を反映しており、その生物が生きてきた歴史を知る大きな手がかりになります。
 さらに、様々な種の存在する組み合わせは地域ごとに違っており、その組み合わせの理論的な最大数は、地球上に3千万種の生物がいるとすると、(2の3千万乗−1)というとてつもない数になります。複数の種からなる生物の集まりを(生物)群集、それに生物以外の環境要素を加えたものを生態系と呼び、地球上には無数の互いに異なる群集や生態系が存在します(群集・生態系の多様性)。さらにそれらの生態系は隣りあう生態系と物質やエネルギーの流れ、あるいは生物の移動によってつながりあって景観と呼ばれる単位を作っており、それにも無数の組み合わせが存在します(景観の多様性)。このように、生物多様性とはそれ自体が多様なものなのです(生物多様性の階層性)。

図5図5.ミトコンドリア遺伝子の情報の違いに基づくアズマモグラの地域集団(Okamoto、1999)

図6図6.ミトコンドリア遺伝子の情報の違いに基づくコウベモグラの地域集団(Okamoto、1999)

4.生物多様性をはぐくむもの

 生物群集を構成する種の数は、様々な要因によって決まりますが、その中でも重要な要因に、その群集がどの程度長い年月をかけて形成されてきたかがあります。例えばユーラシア大陸にみられるガの1種、マイマイガには66種の昆虫が卵を産みつけるなどして寄生しますが、北アメリカ大陸に近年人為的に持ち込まれたマイマイガに寄生する寄生性の昆虫は10種ほどであり、その顔ぶれは毎年少しずつ変わっています。これは寄生昆虫の群集が原産地では極めて長い年月をかけて少しずつ成立してきたのに対して、北アメリカではまだそれほど時間がたっておらず、多様な種からなる生物群集が成立しえいないためと考えられています。類似の例として、地下に作られるアリ類の巣には20000種に達する極めて多種多様な共生生物が見られるのに対して、地下生活の歴史がアリ類ほど長くない地下性哺乳類の巣穴の中には200種余り程度の共生生物しか見られません。熱帯林に極めて多数の生物種が知られている理由の一つにも、温暖であるため過去の氷期に大量絶滅が起こらず、長い歴史をかけて生物種が進化を続け、種数が蓄積されてきたことが挙げられています。
 日本列島のような広い地域の生物多様性も、非常に長い時間をかけて形成されてきました。その一例として、日本産のモグラ科動物はすべてが日本の固有種ですが、そのうちミズラモグラのような古いタイプの種は日本列島が今のような形をしていなかった太古の時代に陸続きであった大陸から侵入し、その後の列島の独立にともない独自の種に進化したと考えられます。その後日本列島が大陸と接続したり離れたりを繰り返している間にアズマモグラやコウベモグラの仲間が繰り返し侵入しては、固有種への進化を遂げつつ、先にいた種を平地や西日本から駆逐していき、現在のような複雑な分布を作り上げたと考えられています。日本列島の大陸からの最後の分離は、北海道は約2万年前、本州や九州などは40〜60万年前と考えられていますので、一番新しいコウベモグラでも、その日本への侵入後少なくとも40万年が経過していることになります。前項で述べたようにそれぞれのモグラの種がいくつもの地域集団に分かれているのも、その長い時間の流れの結果です。
 日本の陸生哺乳類は30%以上が固有種であり、他の様々な動物でも同様かそれ以上の高い固有種率が知られています。日本の代表的な古生物として、哺乳類ではナウマンゾウ、オオツノジカなどが知られていますが、それらが日本にいたのは本州などが最後に大陸から分離した時代(更新世中期、約13〜73万年前)かそれ以後であり、私達がよく知っているほとんどの日本産哺乳類は、それよりもずっと以前から化石が知られています。有名なマンモスが北海道にいたのは最終氷期(ウルム氷期、約2万年前)の頃で、実は日本の哺乳類の中では最も新しいものです。このように、私達のふだん見慣れている日本の哺乳類は非常に古い時代の生物の生き残りであり、それが高い固有種率の理由となっています。
 これらの例のように、生物多様性は非常に長い歴史的な時間の中で少しずつ形成されてきたもので、人間の力で簡単に作り出したり、復元したりできるようなものではありません。
講義の様子
写真.当日の広義の様子(右が講師)


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